東京高等裁判所 昭和32年(う)1340号 判決
被告人 明一富
〔抄 録〕
論旨の一について。
原判決の認定するところと、その挙示する証拠とを照合して考察するに、原判示日時原判示岑河根方において原判示あへん四三二・五瓦を現実に把持していたのは原審相被告人禹昌媛のみであること、右あへんは被告人明一富がその売却周旋方を被告人朴南薫に依頼して同被告人にこれを手交し、更に被告人朴南薫が禹昌媛を介してこれを他に売却すべく同人に手渡したものであることは所論のとおりである。論旨は、右事実関係によると原判示日時場所における右あへんの所持者は禹昌媛のみであつて、被告人両名はその所持者とはいえない旨主張するけれども、あへん法第八条第一項にいうところの所持とは、必らずしも物理的な握持状態を指称するものではなく、自己の支配内におくことによつて成立する法律的観念であるから、たとえ当該あへんを現実に把持していなくても、その者の支配内におかれていると認め得べき事実関係の存する限り、右法条所定の所持を以て律すべきものと解するのが相当である。従つて所論所持の有無は現実的な握持関係のみによつて決すべきではなく、その者が随時任意に自らの把持状態におき得べき地位にあるか否かによつて判定しなければならない。本件において被告人明一富は原判示あへんの売却周旋方を被告人朴南薫に依頼してこれを同被告人に手交した以後においても、また被告人朴南薫が禹昌媛を介して右あへんを他に売却すべく同人に手渡した以後においても、被告人明一富は被告人朴南薫から、同被告人は禹昌媛から順次に随時これを取り戻すことによつて自らの把持状態におき得べき地位にあるものと認めるのが相当である。蓋し被告人朴南薫は原判示当日、原判示あへんを禹昌媛に手交するまで自らこれを把持し、且つ禹昌媛が該あへんを原判示岑河根方に持ち帰つて間もなく逮捕された際には、被告人朴南薫も同家に居合せたことが原判決引用の証拠によつて明らかであるから、被告人両名もまた禹昌媛と重畳的に右あへんを所持していたものと解し得られるからである。次に論旨は原判示あへんの所持について被告人両名及び禹昌媛との間に共謀の事実を認むべき証拠は存しない旨主張する。なるほど被告人明一富と禹昌媛とは曾て一面識もなく、右あへんの売却のことに関して直接に意思の連絡のなかつたことは所論のとおりであるが、原判決挙示の証拠によると、右両名は被告人朴南薫を通じて原判示あへんの所持につき順次に意思の連絡があることを認め得られるのであつて、かかる場合には右三名間に所論所持についていわゆる共謀の事実あるものと解するを妨げないのである。(昭和七年十月十一日大審院第四刑事部判決参照)。して見れば、原判決がその挙示する証拠によつて被告人両名と禹昌媛との共謀による原判示あへんの所持を認定したのは相当というべく、従つて原判決に所論のような事実誤認ないし理由のくいちがいは存しないから、論旨は理由がない。
論旨の三について。
仮に所論の如く禹昌媛が麻薬取締官によつて犯意を誘発されたものとしても、これがため罪責を免れ得ないことは最高裁判所判例の示すとおりであるが、禹昌媛の麻薬取締官に対する昭和三十年九月一日付供述調書及び同人の検察官に対する同年九月十二日付供述調書によると、同人は麻薬取締官の協力者から麻薬買受の誘引を受ける以前において、既に被告人朴南薫から本件あへんの売却方を依頼されてその買受人を捜そうとしていたことが認められるので、右麻薬取締官の行為は単に禹昌媛に対して本件犯行の機会を与えたものに過ぎないから、論旨は既にその前提をも欠くものとして排斥するの外はない。なお当該犯罪が囮捜査に因るものであることを理由として犯罪の成立を否定する主張は、刑事訴訟法第三百三十五条第二項に基く主張であつて、かかる主張に対してはその採否の判断を示すを以て足り、必らずしもその理由を示す必要はないのであるから、原審が所論囮捜査に関する判断に供した証拠の適否を云為する論旨は当らない。
(谷中 坂間 司波)